お父さんが私の名前を呼んだ。
優しくて、カッコ良くて、でもお母さんには敵わないお父さんは、刑事事件を専門に扱う弁護士。
今日は、久しぶりにお父さんが家にいる日。
友達は皆、お父さんなんて気持ち悪いだけとか言うけど、…うん、育った環境がそうしたのかもしれない。
私は、お父さんが好きだ。
適当に会話をしながら、お父さんの髪の毛で遊んでいたら今度は二人同時にお母さんに呼ばれた。
どうやら、夕食に使うはずだった醤油が切れてしまったらしい。
お父さんは何故かよし、と気合いを入れて立ち上がった。
私の名前を呼んで、一緒に買い物に行くかと訊いてくれる。私が勿論、と答えたら、お父さんは嬉しそうな顔をしてお母さんのところに行った。
私は先に玄関に行って出掛ける準備をする。
お母さんが、雨が降りそうだから傘を持って行ってねと忠告してくれたけど、スーパーはすぐそこだし、まだ大丈夫そうだから傘の準備はしなかった。
一方で、お母さん大好きなお父さんはしっかりと傘を持った。
他愛ない会話をして、スーパーに向かう。
何事もなく買い物をして (あ、何事もあった、チョコを買ってもらった!) 店外に出ると鼻の頭に何か当たった。
…あちゃー、雨だ。
お父さんが少し困ったように笑ってから傘を広げ、一緒に入る?と訊いてきた。
私が大きく縦に首を振ると、傘を斜めにして一緒に入れてくれた。
そういえば、母さんともこうやって一本の傘で帰ったことがあるんだよ。
お父さんがどこか遠くを見ながら切り出した。
へぇ、お母さん、恥ずかしがらなかった?
そう私が訊き返す。
恥ずかしがったよ、すごく。入ってくれるまでにかなり時間が掛かったなぁ。
どこか恥ずかしそうに、そして嬉しそうに言う。
そうだろうな、あの性格だもん。
口を開こうとした瞬間、ふとお父さんの肩が目に入った。
内側の、ではなく外側の肩。雨に打たれて濡れてしまっている。
私の肩はしっかりと傘の中に入っているから、全然濡れてないのに。
…お母さんと一緒に、並んで歩いたときもこうだったのかな。
だったら嬉しいかも、こんなに気を使ってくれるなんて。
お父さんに何か返せないかな。
正直にそう思った。
そうだな、まずはお母さんと二人きりにしてあげようか。
(2008.1.28)