掛け値なしであの人の力になりたい。
そう思うようになったのはいつからなのか、実は自分でも良く分からない。
それでも隣に居られることが嬉しくて、現実から目を背けてしまう私がいる。

温かいお茶を一杯

二人の待ち合わせは、大学のキャンパス内にあるベンチ。
特徴として、そこは極端に人通りが少ないので『恋人』である二人が待ち合わせるのには条件の合う場所だった。
講義が終わり、真っ先にそのベンチに向かうのはあやめ。
普段なら考えられないような高級な洋服に身を包み、しかし演技を忘れ紅葉し始めた並木道の下を駆け抜けて待ち合わせ場所まで急ぐ。

(今日はリュウちゃん、確か二限目は授業がないはず…!)
多分、二限目の90分間は図書館に居たのではと思いつつも、彼を待たせてしまった申し訳なさで速度は速まるばかり。
いつものベンチには、本を二冊同時に持って読みふける成歩堂の姿があった。
鼓動のテンポが少しずれるが、走ったせいだと意識せず息を整えてから成歩堂に声を掛けた。

「お勉強中?」
「うわ!ち、ちいちゃん!」

ひょいと覗き込むと、これでもかというほど大きな動きをして成歩堂が仰け反った。
逆にあやめの方が驚いてしまい、思わずすみません、と謝る。

「ごめんね!ちょっと今、夢中になってて…」
「良いのよ、リュウちゃん。…もしかして、それは」
「うん、刑法概説と実際の判例を比べていたんだ」

成歩堂が目指すものは弁護士。
彼が通うのは芸術学部なので、いかにそれが無謀な挑戦なのかはあやめでも容易に想像がつく。
だからこそなのかは分からないが、純粋にその夢を叶えるために支えていきたいと思っていた。

「あまり頑張り過ぎるのも良くないですよ」
くすりと笑って、彼の隣に腰掛ける。
ふと本を支える成歩堂の指先に目がいった。
すっかり赤くなり、見た目でも分かるほど冷たくなっている。
言葉より何より、身体が勝手に動いてそっと彼の手を自分の手で包み込んだ。

「こんなに冷たくなって…。お待たせしてごめんなさい」
「ありがとう、ちいちゃん。だけど気にしないで。君を待っている時間はすごく楽しいんだ」

屈託無く笑う成歩堂を見て、どうしようもなく泣きたくなるときがある。
出会った頃から変わらない、この優しさにいつも救われてきた。

「取り敢えず、温かいお茶を持っていますから。それをどうぞ」
自分の表情を隠すように俯くと、あやめは鞄の中から水筒を取り出して成歩堂に手渡す。
彼も素直に受け取り礼を言うと、ゆっくりと飲み干した。



その間、あやめは少しでも成歩堂の手が温まるようにと彼の左手を握り締めていた。
こんな時間がいつまでも続くことは有り得ないからこそ、今この一瞬がすごく大切だと思える。
きゅっと彼の手を握り直して心の中だけで小さく祈る。





私がいない未来。

あなたに、少しでも多くの幸せが訪れますように。







(2007.07.19)
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