ずっとずっと憧れていた場所がある。
光のあたる、暖かい場所。
そんな場所に、私が行けるわけがないけれど。
憧れの場所
目の前を通り過ぎる大学生を見て、思わず瞬きしてしまう。
今まで考えていた『大学』とは全く違う雰囲気なうえに、皆とても輝いていたから。
……お姉さまは、毎日ここに通っていらっしゃるのだ。
予想範囲外の場所に放り出された気がして落ち着かないけれど、それも姉の為。
――もう裏切りたくなかった。
ふと時間が気になって携帯電話で確認する。
姉に言われた待ち合わせ時間を、既に十分ほど過ぎていた。
案外、時間にルーズな人なのかもしれない。
待ち合わせ場所近くのベンチに座って待っても、一向に来る気配がないので頭の中で待ち合わせている相手の人物像を確認する。
身長は170cm後半、締まりのない表情、決め手は遠くからでも目立つギザギザ頭。
姉に言われた大きな特徴はこの三点。
「あ、あのっ」
思案に耽っていると一人の男子学生に話し掛けられた。
条件反射で目の前にいる青年の風貌を確認する。
……身長170cm以上、締まりのない、というより警戒心のない表情、二人と居ないであろうギザギザ頭。
成歩堂龍一に間違いない。
「待たせてごめんなさい、美柳さん!」
「いえ、大丈夫ですわ。お待ちしておりました、成歩堂さま」
姉の表情を真似ながら、内心ではとても緊張していた。
一回といえど、彼は姉と会っている。
ここで違和感を覚えられては元も子もない。
「今日は本当にありがとう。誘ってくれて嬉しかったです」
警戒心のない表情は変わらず、無意識の内に安堵の溜め息を吐く。
大丈夫。絶対に気付かれない。
「いえ、こちらこそ。成歩堂さまが来て下さって嬉しいです」
そんなことを言いながらざっと彼の全身を見回す。
首にはペンダントが掛かっておらず、手に持ち物はなし。
…もしかして。
「あの、成歩堂さま?ペンダント、は…」
「あ、あれは大切なものだから。家に置いてきました」
血の気が引いた。
絶対に取り戻さなければならないのに。
何となく直感で、彼との付き合いは長くなりそうだと悟った。
「そう、大切にしてくださっているのですね。…でも、私もあのペンダントが必要になってしまったのです。返して頂きたいのですが…」
「…うん、分かりました。今度持ってきますね」
煮え切らない返事に、小さく溜め息を吐く。
……親しくなったら、すぐに返してくれるだろうか。
浅はかだとは思ったが、何事も試してみないと分からないとも考え口を開いた。
「成歩堂さま、これから、…そうですね、リュウちゃん、とお呼びしても宜しいでしょうか」
何とも言えないような嬉しそうな表情をして、彼は大きく頷いた。
「うん。僕もちいちゃんって呼ぶね」
「はい。それでは改めて。よろしくお願いします、リュウちゃん」
そのときの彼の表情を見て、今までに感じたことがないような温かさを覚えたこと。
それが私の失敗。
(2008.1.21)