<あれは代替品>
いい加減にして―――。
朝、いつも通りあやめが大学へ出掛けようとしたところ、玄関でちなみに怒鳴りつけられた。
姉の我慢がもう持たない。
一瞬にして悟り、恐る恐る口を開いた。
「もう少しだけお待ちください。彼もやっと私に警戒心がなくなって……」
「本当に?」
冷酷よりもずっと冷たい目で睨みつけられ、怯えながら小さく首を縦に振る。
「まぁ、あんたがそう言うなら待たないことも無いわ。あの世間知らずなコドモの相手、宜しくね?」
疑問符が付いている発音なのに、どこか強制力のある言い回しをしながら ちなみはくすりと美しい笑みを浮かべた。
「あんたはアタシの代替品よ。アタシの持ってない感情を奴に抱くことは許されないの」
数秒置いて。
あやめは先程よりも更に小さく頷く。
「分かっています。お姉さま」
姉は気付いている。
あやめが彼女の考えていることが分かるように、姉も同様にあやめの考えが分かってしまう。
そう考えた瞬間に寒気が走った。
「それじゃあ行ってらっしゃい。お人形さん」
この世のものとは思えないほど美しく、残酷な微笑を浮かべてあやめを送り出す。
「アタシの代わりが務まるのはあんただけ。もう裏切ることは許さないわ」
玄関には二人しか居ないのに、ちなみは小さく耳元で囁く。
感じたこともないような恐怖を背負い、あやめは逃げるように家を出た。
(2007.05.03)