<必要な身体と不必要な恋情>
悔しい。
そんな妬みの感情を誰かに対して持ったことは初めてで、しかもその対象が姉であることに少なからず驚く。
「訊きたいことがあるんです」
毎日の日課になった成歩堂との昼食の時間に、あやめが切り出した。
「リュウちゃんは、私のこと…すき?」
何を訊いているのだろう。
あやめは言った瞬間に後悔した。答えは予想できたから。
「当たり前じゃないか。ちいちゃんのこと、大好きだよ!」
間も恥ずかしげも無く成歩堂が叫ぶ。
あぁ、やっぱり、とあやめは顔を俯かせた。
予想した通り、彼は好きだと言った。
『美柳ちなみ』のことを。
「ちいちゃんが、すき?」
「え?う、うん!」
次のあやめの問い掛けには若干首を傾けながら答える。
質問の意味も意図も解らなかったのだろう。
「そう…」
予想以上の痛みがあやめを襲った。
彼はあやめを通して、姉のちなみを見ていたことを今更ながら確認してしまった。
成歩堂の中では『あやめ』なんて人物は存在しない。
そう思うと途端に涙が溢れてきた。
気付かれないように口元を手で覆い、出来るだけ静かに涙を流す。
しかし涙の止まる気配はなく、ついに肩を震わせ彼に気付かれてしまった。
「ちいちゃん!どうしたの!?」
「よばないで……」
どうかその名前で呼ばないで。
どうして愛してしまったのだろう。
如何にすれば傷つかず、傷つけずに終わりを迎えられるのか。
あやめの涙は止まらず、見かねた成歩堂がゆっくりと何も言わずに彼女の肩を抱き寄せた。
「ぼくには分からないけれど。一人で抱え込まないで」
真摯な態度で向き合ってくれる彼の優しさに押され、思わず背中に腕を回す。
「…ありがとう」
それから彼の腕の中で使い古されたお礼の言葉を何度も繰り返した。
この感情は、必要ないのに。
あやめを救うのは、他でもない彼への愛情で。
ほんとうに必要なのは、きっと。
(2007.05.07)